渡硝子の性感快楽駆け込み寺

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2006 9.1 Renewal
2018.9.24 Update
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体験談

No.32-1

大和撫子(前編)

・文章は基本的に書き易さの関係で「だ・である調」で書いています。
・本文章の掲載にあたり、相手の女性の許可を得ております。


どんな女性にも魅力がある。

かわいい。
きれい。
美しい。

…容姿だけではない。

活動的な。
妖艶な。
色っぽい。
奥ゆかしい。
太陽のような。
無垢な。
少女のような。
ボーイッシュな。
etc…。

魅力はきっと女性の数だけ存在するが、その魅力を何と呼ぶかについて、我々男性はそれを表現するための語彙力の乏しさにしばしば打ちのめされる。
そして、月並みな誉め言葉を連呼し、それが時に女性の失笑を買うのだろう。

だから、男性諸氏よ。
なかなか意中の女性に振り向いてもらえない男性諸氏よ。
貴方に言う。
女性の気を引きたくば、いま目の前にいる女性の魅力が何なのかについて、真剣に考えを巡らされたい。
他の女性ではなく、いま目の前にいるこの女性の魅力は何なのか。
他の女性では代替することが出来ない、この女性ならではの魅力を何と表現すれば適切なのか。
口に出して言う前に、何度も何度も、思い巡らし熟考されたい。


いま、私の目の前に、ひとりの女性がいる。

どことなくエキゾチックな雰囲気で、その声は細く儚げで、どちらかというと遠慮がちで、自分が自分がと主張するところがなくて、こちらの話ひとつひとつを真面目に聞いてくれて、あたかも影のようにこちらに合わせてくれる、美人。

住んでいるところを聞けば誰もが羨むようなセレブレティな地名で、職業を聞けば思わずこちらの頭が下がってしまうようなお仕事で、でもそのことを少しも奢っているところがなくて、どことなくお嬢様っぽくて、誤解を恐れずに言えば骨董品の人形のようでもあって、そんな気風を漂わせながらも無垢な子供のように接してくる、美人。

本人が聞いたら、それは言い過ぎだと笑うだろう。
だけど、女性の魅力というのは、ここまで深く掘り下げて初めて分かる部分があると思う。


何なんだろう。
昔の我が国日本には、こういう女性がきっとたくさんいたはずなのだ。

かく言う私も、自身がその時代の生まれではないから、伝え聞く話でしか知り得ないのだが。
かつて日本では、社会の在り方が男性主体であり、そうであったが故に今よりは男尊女卑な風潮もあったそうだ。

男は女を養うもの。
女は男に傅くもの。

亭主関白上等な時代で、女性はある意味男性に支配されていたも同然だった。
故に平塚らいてふが女性の人権向上を訴え、今日に至る道筋を付けたのは時代の必然であったことだろう。
女性の立場は少しずつだが向上していくが、さだまさしが『関白失脚』を唄うのはまだしばらく先のことである。
そんな時代にも輝かんとしていた女性は、男を立てつつも己自身がきらりと光る、凛とした魅力を懐刀の如く忍ばせていたのだろう。
そしてそんな女性は、羨望の眼差しを向けられつつこう呼ばれていた。


「大和撫子」(やまとなでしこ)と…。


そう。
そうだ。
時代錯誤と言われても、目の前の彼女をこれ以上適切に表現する言葉が見つからない。


大和撫子。


彼女は、現代の大和撫子かも知れなかった。

一見儚げで、奥ゆかしくて、どこか遠慮がちで。
だからこそ、そんな彼女が何かに悩み、満たされない思いを心の奥底に秘めているのなら、それが何なのかを探り当て、解き放って差し上げたいと思ったのである。

後編に続く)

 

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